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甲府地方裁判所 昭和43年(ワ)118号 判決

原告

武井初男

ほか一名

被告

山梨交通株式会社

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告ら

(一)  被告らは連帯して原告それぞれに対し金二五〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日から年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

(三)  担保条件とする仮執行の宣言

二、被告ら

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

(三)  仮執行免脱の宣言

第二、原告の主張

一、請求原因

(一)  被告山梨交通株式会社(以下被告会社と称する)は自動車による旅客運送を業とし、被告古屋仁は右被告会社の運転手として勤務しているものである。

(二)  昭和四二年七月二五日午前一一時五〇分ごろ、被告古屋は被告会社の旅客自動車(以下バスと称する)を運転して山梨県東山梨郡三富村方面から塩山市方面に向つて国道一四〇号線を旅客運送の業務に従事中、原告肩書住所地の原告方前路上において原告らの長男訴外武井純一(昭和四〇年四月一日生)を轢過し頭蓋骨骨折および左胸部、臍下各皮下出血により即死させた。

(三)  被告古屋の過失

1 本件事故発生直前、原告初男は肩書地の自宅内にいたところ、訴外甲府運輸の小型貨物自動車(以下トラツクと称する)が商品配達のため来たり、原告初男方前の路上に、道路に対して前部をやや東北方に後部をやや西南方にしてななめに停車したので、原告初男は荷おろしをすべく自宅前に出たところ、被告古屋運転のバスが三富方面から進行してきた。

2 右バスは右トラツクが停車しているため通過することができず、トラツクがバツクするため、一時停車した。

3 右トラツクがバツクしはじめると、右バスはこれに応じて発進しはじめた。

4 原告初男はこのときバツクするトラツクの西後方を注視していた。一方原告初男方前路上に、トラツクの東側前方に小型ライトバン(以下ライトバンと称する)が駐車しており、訴外純一がこのライトバンの南側後方(右後車輪の後部付近)に佇立していた。

5 右訴外純一が右バスの右ななめ前方に佇立していることは、バスの運転席にいた被告古屋からは、右バスの運転席とライトバンの関係位置(非常に接近している)バスとライトバンの間隔が約一米であつたこと、バスの運転席の高さなどから、当然その視角内にあつたものと思料され、運転手とすればバスを停車する以前から、この前方は当然注視しなければならなかつたところである。

6 このような右バスと訴外純一の関係位置から、被告古屋は前方および右方を当然注意して発進をなすべき義務があるのに、これを怠り発進したため、バスの振動、圧力等の作用により訴外純一は転倒し、バスの右後車輪の内側の車輪にて轢かれ、前記のような傷害を受けて即死したものである。

7 被告古屋は右轢過に気がつかず、約一四米前進して他者の知らせではじめて事故を知り停車した。

8 原告初男は、訴外純一が轢かれたときのグシヤツという異様な音にふりかえつて見ると、訴外純一は頭を潰され、上向きになつて頭を北側にして倒れており、胸腹部に細長く皮下出血があつた。

9 以上のような事故の状況経過から、本件の事故は、被告古屋の前方および右方の注視義務を怠つた過失により生じたものである。

(四)  このように訴外純一の死亡は、被告古屋の過失により生じたものであるから、被告古屋は自己の右不法行為につき被告会社は被告古屋の使用主として、その不法行為につき右訴外純一の死亡により発生した損害を賠償する責任がある。

(五)  原告らは訴外純一の父母であるが、長男純一の突然の死亡に遭い、精神上受けたる損害は筆紙につくし難く、その苦悩は現在にいたつてもなおぬぐいさることのできない状態であり、営業面においても支障をきたしていること甚大なものである。この苦痛を藉するためこれを金員に見積ると金六五〇万円に相当する。原告らは父母であるのでそれぞれ金三二五万円の損害を受けたものというべきである。

(六)  たゞし原告らは慰藉料として強制保険により金一五〇万円を受取つている。

(七)  そこで右(六)の金員を二分の一ずつ(五)の損害額から控除すると、原告らはそれぞれ金二五〇万円の損害を受けた。

(八)  よつて被告らに対し連帯して原告らそれぞれに対し金二五〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日から年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだものである。

二、被告らの抗弁に対する反駁

被告らの抗弁事実は否認する。

第二、被告らの答弁と抗弁

一、請求原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)(二)の事実は認める。

(二)  同(三)の(1)の事実は不知。同(三)の(2)の事実は認める。同(三)の3の事実は否認する。同(三)の4の事実のうち、ライトバンが主張のように駐車していたことは認めるが、その余の事実は不知。同(三)の5 6の各事実は否認する。同(三)の7の事実のうち約一四米前進して停車したとの部分を除いてその余の事実は認める。同(三)の8の事実のうち訴外純一が頭を潰され上向きにて頭を北側にして倒れていたとの部分は認め、その余の事実は不知。同(三)の9の事実は否認する。

(三)  同(四)の事実は否認する。

(四)  同(五)の事実のうち原告らが訴外純一の父母であることは認め、慰藉料の支払義務のあることは否認、その余の事実は不知。

(五)  同(六)の事実は認める。

(六)  同(七)(八)の各事実は否認する。

二、被告の主張ならびに抗弁

(一)  本件事故について被告古屋には過失はない。

1 被告古屋は原告主張の日時ごろ、原告初男方前にさしかかつたところ、トラツク、ライトバンさらに小型トラツクの三台の自動車が狭隘な道路(幅員約四・二米ないし四・九米)に停車していて通過することができず、やむなく被告古屋はバスをトラツクの前で一時停車させ、道の開くのを待つた。

2 右バスが一時停車するまでは、本件道路上はもちろんバスの付近にも訴外純一の姿はなかつた。

3 バスの停車後約四〇秒ないし五〇秒してトラツクが後退避したので、被告古屋も続いて前方を注視しつつ徐々に発進し、約五米ほど進んだところで事故を知り急停車した。

4 被告古屋は現場が狭隘な道路でかつ混雑していたのでその場にさしかかつて停車するまではもちろん、停車中も発進のさいも、前後左右に細心の注意を払い、直接にあるいはフロントミラー、バツクミラー等によつても注視し、また車掌にも注意させ、運転者としては万全の注意を尽した。

5 訴外純一の行動についてみると、

(1) トラツクの運転手である訴外平賀紘夫が荷をおろしているときは、訴外純一は店の直前の有蓋側溝の付近すなわち原告初男が立つているその傍にいた。この位置は被告古屋からは見えない位置にあたる。

(2) つぎに訴外平賀が荷をおろし終つてトラツクに乗るとき訴外純一はライトバンの右後部の角のところ(この位置はバスから約一・〇米北側である)にいた。

(3) 右(2)の位置は、訴外純一のような幼児では、バスの運転手席からはフロントミラー、バツクミラーのどちらからも死角にあたつて見えない位置にあたる。

(4) 訴外純一が右(1)から(2)にきた経路、またバスが発進する瞬間の位置についてはだれもみていない。

(5) しかしながら訴外純一が轢かれた位置は、バスの停車した位置でバスの長さの真中から直角あたりでありかつバスの右後車輪(二重タイヤ)の内側車輪により顔を轢かれているのである。

(6) 右のような状況からするならば、訴外純一は当時二年三カ月の事理の弁識力のない幼児であるところから平常はとまらないバスが停つているのに気づき、これに興味を持ち、バスの発進の危険などを考えずにバスの下に入つたものと思料される。

6 以上の諸点からするならば、被告古屋がバスの発進にさいして充分に注意したにかかわらず、訴外純一を認めることはできない状況にあつたものというほかはなく、したがつて、本件事故の発生は被告古屋が注意義務を怠つたために発生したものではなく、被告古屋には過失はない。

(二)  むしろ訴外純一の父親であり監督者である原告初男が、現場にいながら、その監督保護義務をつくさなかつたために生じた事故というべく、原告らに過失があるものである。

(三)  かりに被告古屋に過失があるとしても、その過失は原告らの過失に比較して極めてすくなく、すでに強制保険金一五〇万円が原告らに支払われているのであり、それをもつて充分と考えられるから、被告古屋および被告会社には賠償義務はない。

第四、証拠〔略〕

理由

第一、請求原因(一)(二)の各事実については、当事者間に争いがない。

第二、本件は要するに被告古屋の過失によつて生じたものであるかどうかが双方の争点の中心をなすものであるので、この点について判断する。

一、まず訴外純一が被告古屋運転のバスによつて轢過されたときの状況について検討する。

(一)  〔証拠略〕によれば、

1 被告古屋は原告初男方前路上で一時停車して、再び発車した後約四・三〇米前進したとき右後車輪に軽いシヨツクを感じたこと。

2 被告古屋運転の右後車輪(二重タイヤ)の内側の車輪と、泥よけに訴外純一の脳みそが付着していたが、バスのその他の部分にはどこにもそのような訴外純一の身体衣服部分の付着はなく、またバスの車体に訴外純一と接触したような痕跡は認められなかつたこと。

3 訴外純一の右頭蓋骨の側頭部から後頭部にかけて轢過により口がひらいており、そこから脳みそが溢出しており、なお左胸腹部に二個所と臍の下に一個所の皮下出血があつたこと。

4 バスの車体の下縁から路面までは約五〇糎(中央乗降口付近で約四三糎)であり、車体の右縁線から右後車輪の内側の車輪まで約五〇糎であり、前輪の中心から後輪の中心まで約四・三〇米であること。

5 被告古屋は、訴外平賀がその運転するトラツクの後退につれて、バスを前進させるにあたり、速度は非常にゆるやかであつたこと。

6 訴外純一がたおれていた位置(轢過された位置とほゞ同所)はバスが停車していたときの左前車の直後であること。

7 訴外純一は死亡当時二年三ケ月の幼児であつたこと。

以上の各事実が認められる。

(二)  右各事実からすると、被告古屋がバスを発進させるより前に、訴外純一はすでにバスの車体の下の右前車輪の直後付近にはいり込んでいて、バスの前進によつてその頭部を左後車輪の内側の車輪によつて轢過され、即死したものと推認される。右認定を左右するに足りる他の証拠はない。

二、つぎに被告古屋の注意義務違反の有無について検討する。

(一)  〔証拠略〕によれば、

1 被告古屋がバスを一時停車した位置は、訴外平賀のトラツクが停車していた直前であり、かつバスの右側にはライトバンが東向けに駐車されており、バスの運転席とライトバンの右後部角とがほゞ平行していて、その車体間隔は約一・〇米であつたこと。

2 被告古屋は、訴外平賀がトラツクを後退させるにつれて、バスを前進させたが、バスは一時停車して再び発進するまで、約三〇秒ないし四〇秒同位置に停車していたこと。

3 訴外純一は、訴外平賀がトラツクの荷台の上で荷をおろしているとき、原告初男方の店舗前の有蓋側溝の上、すなわち原告初男が立つていたうしろ付近におり、つぎに訴外平賀がバスが一時停車したのでトラツクを後退させるために、右荷台からとびおりて右側のドアをあけて運転席に乗り、トラツクを後退させるときにみるとライトバンの右後角付近に立つていたこと。しかし訴外平賀はその後トラツクを後退させることに専念し、右以後の訴外純一の行動については知らないこと。

4 原告初男はバスが訴外純一を轢過する音を聞いて、そばに近より、それが訴外純一であることを知るまで、訴外純一の行動については気づかなかつたこと。

5 被告古屋は右のように一時停止する前、および一旦停車しかつ再び発進して右後車輪で何か轢いたと感じ、さらに訴外平賀に事故を起したことを知らされてバスを急停車し下車してみて、はじめて訴外純一を轢過したことを知るまで、全く訴外純一の行動には気づかなかつたこと。

6 被告古屋は一時停車後再び発進するに際し、バツクミラー、フロントミラーにより人影の有無や安全を確かめ、前方を注視しつつトラツクの後退につれて、ゆるやかにバスを前進させたが、特別に顔を窓の外に出して人影の有無を確認することはしなかつた。

7 バスの車掌の訴外斉藤清美は、バスが一時停車して再び発進するまで、バスの左側中央部の乗降口付近に立つたままであつて、停車中および再び発進するに際して、とくにバスの右側の車外の安全を確認するようなことはしなかつつたこと。

8 訴外純一がライトバンの右後部の角に立つている場合、バスの運転手席に位置する被告古屋からは、顔を右下に向けて注意すればその存在を認めることはできるが、バツクミラーフロントミラーによればその存在は認め得ない状況にあつたこと。

以上の各事実が認められる。

(二)  右認定の各事実ならびに前記認定の一の(一)(二)の各事実をあわせて考えると、被告古屋は一時停車後再び発進するに際し、バツクミラーおよびフロントミラーにてバスの前方および右側の人影の有無を確め、安全を確認し、トラツクの後退につれて、低速度をもつて発進しているのであるが、そのとき前方およびバスの右側には人影はなかつたのであるから、右のような確認のもとに、トラツクの後退につれて前方を注視しつつ低速度で発進した被告古屋の運転操作は、なんら安全運転上の注意義務に違反するところはない。なるほど被告古屋は顔を右に向けまたは窓から外部を見まわして人影の有無を確認するまでのことはしなかつたのであるけれども、かりに被告古屋がそこまで注意したとしても発進より前に訴外純一はすでに、バスの車体の下にはいり込んでいたものと推認されるのであるから、やはり訴外純一の姿は発見できなかつたものというべく、したがつて被告古屋がかかる行為をしなかつたことをもつて、注意義務をつくさなかつた過失があるということにはならない。

つぎに、右のようなバスの発進前に訴外純一はすでにバスの車体下の右前車輪の直後付近に位置していたものと推認されるのであるが、バス発進に際し、かかる幼児をも発見確認すべき義務があるかどうかについて考えると、進行途中の道路上で、かつ停留所でもないところで、前方に停車している他車(本件ではトラツク)のため、幅員約四・八五米ないし約四・二米(バスが停車したあたりは約五・三五米)の狭い道路上を通過することができず、かつ、その他車の前方にも一台の自動車(本件ではライトバン)が駐車している状況のもとに、駐車している車に接して、その間隔約一・〇米のところにその車と平行して、約三〇秒ないし約四〇秒の短時間を一時停車しただけのバスの運転手としては、かかる短時間のうちに、また三台の自動車が狭い間隔で相接して停車している間隙を縫つて生後二年三月の幼児が、進行途上のバスの車体の下に位置するなどのことは、極めて稀有の事柄であつて、かかる状況下にあるバスの運転手の注意力と思考力および予測力の範囲外の出来事であつたといわねばならない。そうだとするならば、被告古屋がバス発進に際して、車体の下の訴外純一の存在を点検確認しないまま発進したとしても、そのことをもつて、被告古屋に注意義務違反の過失があるということはできない。

つぎに被告古屋がバスを発進させる前に、訴外純一の存在に気づき、その行動を注視する点において過失があつたかどうかについて考える。本件において認定しうる訴外純一の行動は(1)訴外平賀がトラツクの荷台の上で荷をおろしているときとしてバスが一時停車したころまでは、原告初男方直前の有蓋側溝の上の原告初男のうしろ付近にいたこと、(2)つぎにトラツクを後退させるべく訴外平賀がトラツクの運転席に位置したとき訴外純一はライトバンの右後部角あたりに立つていたこと、(3)つぎにバスの発進前にすでにバスの車体の下にいたことの三点にすぎない。かつ右の三点の位置にいつきてどのくらい位置していたかはこれを目撃した者はいない。しかしながら訴外平賀はバスが一時停車するまではトラツクの荷台の上にいたし、そのとき訴外純一は(1)の有蓋側溝の上にいたのであるから、ライトバンの右後部角まではきていなかつたことは明らかである。それから訴外平賀は荷台からとびおりてトラツクの右側のドアをあけ、運転席に位置したときに、訴外純一は(2)のライトバンの右後部角にいたのであるから、訴外純一は訴外平賀が右のような行動する間に、(1)から(2)の位置(この距離は約二・〇米)に移動したものと推認される。そしてバスの発進前にはすでに(3)のバスの車体下にいたのであるし、一方右のようにトラツクの運転席に位置した訴外平賀は直ちにトラツクの後退をはじめ、その後退につれて被告古屋も直ちにバスを発進せしめているのである。かつバスが停車して再び発進するまでの時間は前記認定のように約三〇秒ないし四〇秒の短時間にすぎない。右訴外平賀と訴外純一の行動もこの時間以内に行われたものである。このような訴外平賀の行動に要する時間と、右(1)ないし(3)の位置関係にある訴外純一の行動の関連から推認しうることは、訴外純一が(2)のライトバンの右後部角に立つていた時間は極めて短時間であつたと解される。それは約一〇秒から数秒の間であつたろうと思料されるものである。なるほど(2)の位置に訴外純一が立つている場合、被告古屋が顔を右下に向けて注意すれば、訴外純一の存在を認めることは可能であつたのであるが、右認定のように訴外純一が右(2)に位置したのは極めて短時間であるので、この間に右下を注意しないことには、結局訴外純一の発見は不可能であつたろうと解される。したがつて被告古屋が右下を見れば訴外純一の存在は認識できたはずであるから、右下に注意しなかつたのは被告古屋の注意義務違反になるとは、直ちに断定するわけにはいかない。一方かかる(2)の位置に生後二年三月の幼児の出現を予測しえたかについては、すでに認定したように狭隘な道路上にトラツクが停車しており、それに接近してライトバンが駐車しており、さらに大型のバスが右トラツクの前部とライトバンの右側に接近して停車していたのであつて、右(2)の位置は丁度右三車の停車位置の中心付近になり、かつトラツク、バスとも西側に進行する直前の状態にあつたのである。かかる複雑にして危険な個所に、事理を弁識することのできない幼児が出現して、バスに接近するであらうことは到底予測できなかつたものであらうといわねばならない。かりに幼児そのものにかかる危険が認識ができないとしても、僅か生後二年三月の幼児が監督者が全くいない状態で道路に遊びに出ることは通常はないことであり、監督者がついているならば、訴外純一がとつたような(1)から(2)に出てくるような危険な行動には必らず監督者の阻止か保護があるものと考え、かかる幼児の出現は予測しないのが通常の認識である。そうだとすれば(2)の位置にかかる幼児の出現を被告古屋が予測せず、それに則応する行動をとらなかつたとしても、そのことをもつて注意義務に違反するということはできない。さらに右(2)の位置に訴外純一が立つていることをたまたま訴外古屋が認識したとしても、たんに立つているだけであるならば((2)の位置はバスの車体からは約一・〇米の地点である)訴外純一においてなんらかの積極的な行動をとらない限り低速度の発進によつてはこれを車体に捲きこむなどの危険は生じないわけであるから、その場合にはそこに訴外純一がバスの車体の下にはいり込むというような異常な行動までも予測しえたかが問題となるが、すでに認定したように一時停車中のバスの車体の下にはいり込むという行為は運転手の予測外の行動であるというべきであるから、かかる予測をすべきことをも運転手の注意義務であると強いることはできないといわねばならない。そうでないならば、すべて被告古屋に予測不可能なことを予測しなかつたゆえをもつて、注意義務違反として課する結果となるからである。したがつて以上のような状況下においては、すでに認定したような被告古屋の発進に際してとつた前方および右側の安全確認の程度をもつて足るというべく、前記(2)の位置にバスの発進前に訴外純一が立つていることを被告古屋が認識しなかつたとしても、これをもつて注意義務に違反する過失があるとするわけにはいかない。

以上説示したところからするならば、被告古屋には本件事故につき注意義務違反の過失はなかつたといわねばならない。したがつて被告らの無過失の主張は理由がある。右認定に反する〔証拠略〕はない。(この証言は被告古屋に過失があるとする前提となる事実に信用できない点が多い)

第三、本件事故は、父親である原告初男の至近距離のところで発生し、かつ訴外純一の轢過のされ方は誠に悲慘であつて、一人息子を瞬時に失つた原告ら両親の悲しみと苦悩は察するに余りある悲劇である。しかしながら前記認定したように被告古屋の運転に過失が認められない以上、その余の点を判断するまでもなく原告らの本訴請求は理由がないといわざるをえない。

よつて原告らの請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石丸俊彦)

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